小布施町(長野県)
小布施見にマラソン: 走りと食と交流を通じて、日本の地方のまだ知らない魅力を味わうひととき
ストーリーの概要(Summary)
小布施町は、歴史的景観や葛飾北斎の作品、栗菓子などで有名な町である。年間100万人以上の観光客が訪れるが、観光名所が集中する中心市街地周辺に観光客が集中するため、秋のピーク時とそれ以外の時期で観光客の増減が激しい。「小布施見にマラソン」は、小布施町が抱える地理的・季節的な観光客の集中の対策として、小布施町全域の美しい自然や農地の中を走り抜け、日本の地方の魅力を目で、舌で、心で(補給場所で地元の食べ物や飲み物に舌鼓を打ちながら)楽しんでもらおうと、7月に開催されている。また、多くの町民がボランティアとして参加するだけでなく、音楽やパフォーマンスで表現し、町全体でランナーをもてなすなど、地域文化にとって重要な場にもなっている。毎年、約8,000人のランナーとその家族、友人がマラソンのために町を訪れ、そのうち7割がリピーターである。このリピート率の高さは、参加者の満足度の高さを示しており、持続不可能な “一回限り “の観光客とは対照的に、町の熱狂的なファンづくりに貢献している。2003年の第1回大会から今年の第20回大会まで、すべてのマラソン大会に参加しているランナーも30人ほどいる。
地域の概要(DESTINATION DESCRIPTION)
豊かな自然に恵まれた小布施町は、江戸時代には交通と経済の要衝として栄えた。現在は、「栗と北斎と花の町」として、毎年100万人近い人々が訪れる人気の観光地である。小布施の栗は江戸時代からそのおいしさで知られ、将軍への献上品にもなっていた。その伝統を受け継ぎ、町内には栗菓子店が多い。小布施が観光地としてブームになった理由のひとつは、1976年に葛飾北斎の浮世絵や絵画を展示する北斎館が開館したことである。北斎は晩年小布施に滞在し、多くの優れた作品を残した。1980年代には、地元の関係者がボトムアップで町のあるべき姿を議論し、中心市街地をリデザインする「町並修景事業」が始まった。従来の「景観の保全」ではなく、「景観の修整」というコンセプトのもと、伝統的な資産を活かしつつ、新しい要素を取り入れることで、住民と来街者がともに快適に過ごせるまちづくりを模索した。以来、「内は自分のもの、外はみんなのもの」という考え方が町全体に浸透し、訪れる人を温かく迎え入れる地域の人々のあり方は、町の大きな魅力のひとつとなっている。「オープンガーデン」の文化はその好例で、来訪者を家の庭に招き入れ、美しい花々を一緒に鑑賞することで、小布施は「花の町」として知られるようになった。
直面した課題(ISSUES FACED)
小布施を訪れる観光客の多くは、大型バスツアーの参加者である。その多くは9月から11月にかけての栗菓子を目当てにしたもので、この時期に観光客が集中する。そのため、ピーク時には混雑で普段通りに飲食店に入れないなど、町民の生活にも悪影響が出ていた。さらに、ピーク時に感染症や災害が発生すれば、観光客は激減することになる、町の企業にとって大きな経済的リスクとなる。また、観光客が訪れるエリアが町の中心部の狭いエリアに集中しているため、道路渋滞が発生し、町民の生活の質や観光客の満足度に悪影響を及ぼしている。一方で、小布施町周辺に広がる美しい田園風景の魅力を堪能する機会は少ない。小布施町には、栗のほかにもブドウ、リンゴ、サクランボなどの特産品やその加工品がある。しかし、伝統的な名産品である栗や栗菓子に比べ、これらの特産品はメディアへの露出が少なく、その魅力が十分に伝わっていないのが現状である。
課題解決の対策方法、ステップ、ツール(METHODS, STEPS AND TOOLS APPLIED)
- 小布施の食と文化を楽しむハーフマラソン大会が、秋の繁忙期ではなく、夏に観光客を呼び込もうと企画された。
- 「小布施見にマラソン」と名付けられたこの大会は、「土手を行く 野道を駆ける 路地を走る」というコンセプトのもと、観光客が多く訪れる街中ではなく、普段はあまり町外の人が訪れない道を走ることで、ランナーが小布施町の美しい田園風景を楽しみ、新たな魅力を発見することを目的としている。住宅街や農地の中の道を走るため、町民の理解と協力が不可欠であり、当時町内に28あった町内会すべての会長の同意を得た。安全確保のために警察とも協議を重ねた。
- 2003年4月に企画がスタートし、3ヵ月後の7月に第1回が開催され、752人が参加した。
- 地元企業や農家の協力を得て、沿道で提供されるエイドは栗菓子だけでなく、地元産の果物やそれを使ったスイーツ、地元企業が生産する牛乳など、さまざまな特産品が並ぶ。
- EVを取り扱う地元企業の協力を得て、先導車には小型EVを使用している。2022年にはAllbirdsが協賛し、CO2排出量を算出しオフセットするほか、参加者が走った後のゴミを拾う「ゴミゼロランナー」のチームを設ける。また、地元の鉄道事業者が自家用車の利用を減らすために臨時列車を走らせるなど、環境の持続可能性に配慮した大会運営が行われている。
- 多くの地元住民がボランティアとして参加するだけでなく、沿道で太鼓、三味線、尺八などの伝統楽器演奏や抹茶野点なども行われ、町の文化を守り伝える機会にもなっている。
成功の主要因(KEY FACTORS FOR SUCCESS)
- 多くの町民がボランティアとして参加するだけでなく、伝統楽器の演奏やバンド演奏、ダンスなど、町民の自己表現の場となり、町全体でランナーをもてなす雰囲気を作り出している。ランナーにとっては、絶え間ない声援が満足度の高い最大の理由であり、参加者の7割がリピーターである。
- 1980年代、町は町民や観光客が快適に過ごせる町並み空間をつくる「町並修景事業」に着手した。これにより町民の景観に対する意識が高まり、「内は自分のもの、外はみんなのもの」という考え方が小布施町全体に浸透した。たとえ私有地であっても、道路沿いの目につく場所はパブリックスペースとして活用しようという考え方である。このような文化が醸成されたことも、町民がマラソンを生活の一部として受け入れていることに寄与している。
- 町内の企業が補給場所で商品を提供したり、協賛金を出したりして参加者に大会をアピールしており、町内の企業の協力で大会が運営されている。
- 「小布施見にマラソン」は、一般的なマラソン大会とは異なり、補給場所で小布施の特産品を食べることができたり、仮装して参加できる「ベストコスチューム賞」があったり、コースの高低差が少ない上に制限時間が5時間と長かったりと、参加しやすい大会となっており、参加者は小布施の魅力を気軽に楽しめる。
得られた知見(LESSONS LEARNED)
- 当初は、住宅地や農地をコースにすることに対して町民から反対や懸念の声が多くあり、警察の許可も得られなかった。実行委員会のメンバーが当時町内に28あった自治会の自治会長と粘り強く交渉し、すべての自治会長から了承を得ることができた。警察とも協議を重ね、10回以上のコースの見直しを経て許可を得ることができた。
- 参加しやすく、小布施の魅力を満喫してもらう大会とするため、制限時間はハーフマラソンとしては非常に長い5時間に設定したが、そのためにはより長い時間、交通規制と参加者の安全確保を行う必要があった。小布施町だけではなく、周辺地域の体育協会、交通安全協会、学校の協力を得て、ボランティアの人数を予定の倍に増やすことができた。その結果、警察の理解を得ることができた。多くの小学生にとっては初めてのボランティア経験になり、学びにつながったことに加えて、子どもを通じて家族ぐるみで応援してくれる町民が増えた。
- イベントに参加するために自家用車で町を訪れる参加者も多く、温室効果ガスの排出や町道の渋滞が発生し、町民生活に悪影響を及ぼした。また、エイドの提供によって多くのゴミが発生するという問題もある。地元の鉄道事業者と協力して臨時列車を運行することで、自家用車の利用を減らし、町の道路混雑を緩和することができた。2022年にはAllbirdsの協賛により大会で排出される温室効果ガス排出量を算定し、一部をオフセットした。ごみについては、一般社団法人ゼロ・ウェイスト・ジャパンと連携し、排出量の把握と削減のための施策策定を進行中であり、エイドの提供にともなう容器包装プラスチックの削減を中心に2024年以降施策を実行する計画である。
成果と実績(RESULTS AND ACHIEVEMENTS)
- 人口1.1万人、長野県でもっとも面積の小さな自治体でありながら、毎年約8千人のランナーとその家族、友人がマラソンのために町を訪れる。第1回大会の参加者は752人だったが、そこから毎年約1千人ずつ増え、2010年の第8回大会からは、コロナ禍の期間を除いて毎年約8千人が参加している。参加者の7割がリピーターであり、2003年の第1回から今年の第20回まですべて参加しているランナーが30人いる。
- 大会運営には町民を中心に毎年約1,500人のボランティアが参加している。
- ハーフマラソンの制限時間が5時間と長いこともあり、2006年の第4回大会以降、完走率は毎年99%を超えており、参加者が小布施の魅力を十分に堪能できている。最高齢のランナーは毎年70歳を超えており(歴代最高齢は93歳)、幅広い年齢層が参加しやすい大会となっている。
- あんずのシロップ漬け、ネクタリン、トマト、野沢菜などの地元農産物や、ジェラート、フルーツクレープ、味噌漬けなどの地元農産物加工品など、地元の特産品を使ったエイドが毎年約15品目出品され、町内の企業や農家の支援・振興に貢献している。
- 2022年の第19回ではAllbirdsの協賛により、大会でのCO2排出量が算出され(約180 トン)、そのうち50 トンが長野県内での森林植樹活動によってオフセットされた。
他地域でのヒント(TIPS FOR OTHER DESTINATIONS)
- 来訪者が多く訪れる場所ではなく、普段はあまり町外の人が訪れない場所をコースに含めることで、観光地の新たな魅力を来訪者に伝えることができる。
- 地域の特産品をエイドとして提供することで、地域企業の支援や地域の特産品の奨励につながる。
- 町民が大会運営にかかわるだけではなく、伝統文化等を披露する機会をつくることで、文化の保存と継承に貢献し、また町民の自己表現の場にもなる。
- 地域コミュニティの理解と協力が不可欠であり、自治会長など地域コミュニティのリーダーとの対話が重要である。
- 制限時間を長くする、仮装して参加できるなど、競技以外の多様な参加の仕方ができるようにすることで、幅広い参加者を集めることができ、結果として観光地の魅力が多くの人に伝わる。