丸亀市(香川県)

歴史を紡ぐ、丸亀うちわニュー・マイスター31

ストーリーの概要(Summary)

「丸亀城」の城下町で400年前から継承し続けられている伝統的工芸品「丸亀うちわ」の産業縮小、 後継者不足、伝統技術の継承方法など、丸亀うちわの歴史が途絶えかけるという危機的状況に直面し ています。 そこで行政主導で打ち出した主な解決策が、後継者育成講座の開設とそれに伴う、丸亀うちわニュー ・マイスター制度の導入です。後継者育成講座では丸亀うちわの技術継承に努め、講座を卒業後、3 年以上うちわ産業に貢献した方を審査し、丸亀うちわニュー・マイスターの称号を与えます。 その結果、優先的に仕事を受託できるようになったマイスターたちに講座や制度を市外でPRさせる ことで観光客としての来訪者が後継者候補となり、さらには、移住者も獲得できるフローを創出でき ました。 今では、その移住者が丸亀うちわを振興させ、学生などの教育旅行者やインバウンドにレクチャーす る伝承人的存在になっています。

観光地の説明(DESTINATION DESCRIPTION)

香川県の中央に位置する丸亀市は、人口約11万人と県内でも第2の都市で瀬戸内海に面しており、海 、山、川、平野と自然豊かなコンパクト・シティです。 市内中心部には、築城420年以上の現存木造天守「丸亀城」が日本一高く、美しい石垣の頂に鎮座しています。その城下町で400年前から継承され続けた国の伝統的工芸品が「丸亀うちわ」です。「伊予竹に土佐紙貼りて、あわぐれば、讃岐うちわで至極(四国)涼しい」という「丸亀うちわ」の伝統を後世に伝える歌があるほど、地域で大切にされてきました。隣町の琴平町にある金毘羅参詣の際の お土産品として奨励され、武士の内職に定着したことで丸亀市の根強い産業となりました。その当時 は、縁側で竹うちわ片手に夕涼みをしたり、七輪の火おこしに使ったりと一家に一つ「丸亀うちわ」 があることが当たり前でした。今でも夏の風物詩として、日本の「和」や「涼」を表現する逸品でもあります。 2023年には、ようやく、地元の竹を原料として製作した「丸亀うちわ」の商標登録を獲得でき、地 域ブランドの向上を図っています。

直面した課題(ISSUES FACED)

400年以上、市民のシンボルであり続けた「丸亀うちわ」の姿が消えかかっています。 1950年代には、400軒以上のうちわ業者があり、年間1億2千万本も生産していました。 しかし、扇風機やエアコンなどの電化製品、安価で大量生産できるポリうちわの普及など、時代の変 化とともに丸亀うちわの需要は低迷し、産地の縮小が進みました。 1990年代には、80軒のうちわ業者、生産量も年間7,000万本にまで落ち込みました。 1995年に丸亀うちわの総合博物館として「うちわの港ミュージアム」をオープンしたことを好機に年間2~3万人もの観光客が来るようになったにも関わらず、丸亀うちわ産業の縮小、後継者不足、伝統技術の継承方法などの深刻な問題はなくならず、丸亀市における伝統産業存続の危機が大きな課題となっていました。

課題解決の対策方法、ステップ、ツール(METHODS, STEPS AND TOOLS APPLIED)

「丸亀うちわ」における後継者の育成と確保や伝統技術の継承は、以下のステップで取り組まれました。

STEP1: ・1995年: 「香川県うちわ協同組合連合会」と行政によって、「丸亀うちわの港ミュージアム」がオープン →丸亀うちわの総合博物館として、観光客の誘客を図り、丸亀うちわの認知度向上を目指す。

STEP2: ・1997年:国の伝統的工芸品に指定されたことを好機に1999年に「香川県うちわ協同組合連合会」 と行政が共同で後継者育成講座を開設 →伝統技術の継承を目的に技術研修生を集め、毎年1か月間の後継者育成講座を実施。 →同時に県内外への実演販売を積極的に取り組み始めた。 →2000年からは国外へも実演販売を実施し、丸亀うちわのPRに取り組んだ。

STEP3: ・2001年:後継者育成講座の卒業生12名で観光名所である丸亀城内に「うちわ工房 竹」を開設 →行政と丸亀市観光協会が運営する丸亀城内観光案内所内の一画を「うちわ工房 竹」へ提供。 →丸亀城に観光で訪れる人々をターゲットに実演販売を実施。

STEP4: ・2003年:「丸亀うちわの港ミュージアム」、「うちわ工房 竹」での観光客向け丸亀うちわ作り体験を本格的に始動 →国内外での実演販売時に観光客から「自分だけのうちわを作りたい」と要望があり、行政、丸亀うちわ協同組合連合会、職人たちが連携して体験コンテンツを造成した。 →様々な場所で実演販売を見た人が、丸亀市へうちわ作り体験を目的に観光で来訪するようになる。

STEP5: ・2013年:丸亀うちわニュー・マイスター制度を導入 →行政と香川県うちわ協同組合連合会が後継者育成講座を卒業してから3年以上うちわ産業に貢献した方の中から一定の条件を満たす人に認定を与える制度を設計。 認定を受けた人は、晴れて職人となり、連合会や行政などから優先的に仕事を受託できるため丸亀うちわ産業における雇用およびビジネスチャンスの創出に繋がった。

成功の主要因(KEY FACTORS FOR SUCCESS)

この制度の成功には、下記の2点が主に影響しています。

●制度設立時の伝統工芸士の存在 丸亀うちわニュー・マイスター制度導入時点で、既に後継者育成講座を卒業後、3年以上うちわ産業に貢献しており、伝統工芸士として丸亀うちわの普及や継承に取り組む職人が18名いました。 彼らの洗練された技や経験のおかげで、作り続ければ技術も想像力も向上させることができると受講生に体現でき、マイスターの認定を目指す人々のモチベーションアップにも繋がりました。

●観光客への実演とうちわ作り体験指導の経験 後継者育成講座を卒業してもすぐには売れるうちわが作れるわけではありません。デザイン性や技術レベルもまだまだ未熟な人ばかりです。しかし、行政や香川県うちわ協同組合連合会は、未熟な彼らにも人前で実演させたり、うちわ作り体験で観光客へレクチャーする機会を積極的に与えました。そうすることで彼らのマイスター認定を獲得できる3年後をより具体的にイメージさせ、身近に感じさせることで成長意欲を掻き立てることができ、丸亀うちわへの想いを熱くさせると同時にシビック・ プライドの醸成にも繋げることができました。

得られた知見(LESSONS LEARNED)

●課題 丸亀うちわニュー・マイスター制度は、後継者育成講座を卒業後、3年以上うちわ産業に貢献した人 の中から①「香川県うちわ協同組合連合会とどのくらい連携できるのか」、②「丸亀うちわへの熱意がどれくらいあるのか」、③「うちわ作りの技術レベル」などを総合的に評価して、認定していました。しかし、①、②ともに十分満たしているが、③の技術レベルが追い付いていなかったり、うちわ の出来栄えに「ばらつき」があることで認定できないといった問題が生じました。それは、連合会側で認定に際して、技術レベルの基準を可視化できていないことに原因がありました。

●解決方法 そこで、2つの側面および2つの立場の者が審査するように変更しました。 1つは、連合会との関係性と丸亀うちわへの熱意についてです。この側面は、連合会の事務局が審査することにしました。もう1つはうちわ作りの技術レベルについてです。この側面は、伝統工芸士による審査を取り入れました。 さらに、連合会は、後継者育成講座卒業後でも技術レベルが未熟な人を積極的にサポートし、伝統工芸士に認められるまで何度もレクチャーを行いました。 こうすることで、丸亀うちわニュー・マイスターを認定する時点でうちわの技術レベルや出来栄えに関するばらつきもなくなり、認定後、すぐにでも観光客への実演販売や体験の受け入れができるほどの後継者を創出することができるようになりました。

成果と実績(RESULTS AND ACHIEVEMENTS)

●社会的な利益 ・市外での観光キャラバンや観光で訪れた際の実演見学およびうちわ作り体 験を経験した観光客に後継者育成講座や丸亀うちわニュー・マイスター制度 などをアピールし続けることで市外、県外からの後継者候補の確保に成功し、 さらに移住者の創出にまで結び付けることができました。 ・そして、今では移住者を含む、丸亀ニュー・マイスター31 名が、地元の子どもや教育旅行で丸亀市に来訪する学生、外国人観光客にも丸亀うちわの魅力を伝え、伝統や技術を次世代に継承できる貴重な存在になっています。 – 後継者育成講座開設からの通算卒業生:261 名 – 丸亀ニュー・マイスター制度の認定者 31 名(伝統工芸士含む) – 認定者の内訳は、市外在住 6 名、市内在住 25 名(※市内への移住者 3 名)

●経済的な利益 ・「丸亀うちわの港ミュージアム」と「うちわ工房 竹」の開設により、観 光客への丸亀うちわの販売が増加し、職人の収入増加につながっている。 ・観光客へのうちわ作り体験の提供により、職人の収入増加につながってい る。 – 丸亀うちわのお土産としての通算販売額:約 200,000,000 円 – 丸亀うちわのミュージアムの通算来場者数:約 580,000 名 – うちわ作り体験の通算体験者数:ミュージアム(約 80,000 名)、うちわ工房 竹(約 8,500 名) – うちわ作り体験による通算収入額:約 90,000,000 円

●環境的な利益 ・竹林整備による環境保全:うちわの原料である竹の採取のために放置された竹林を伐採することで、竹林の無秩序な拡大を防ぎ、森林の生物多様性や景観に及ぼす悪影響を抑制している。 ・プラスチックの削減:竹を原料として製作する「丸亀うちわ」は、プラスチックうちわの削減にも寄与している。 ・省エネルギーへの貢献:日本の伝統的なうちわが継承されることで、電気を使用しない涼み方の文化が維持され、省エネルギーへの貢献が期待される。 ・廃棄物削減とリサイクルへの貢献:海洋ごみに多い「漁網」を再利用し、 「渋うちわ」という堅く、破れない、強いうちわ商品を製作販売している。 また、香川県の名産品である「うどん」を茹でる際に使用する網の再利用や、 廃棄うどんを原料とした和紙の使用など、新たな「丸亀うちわ」を考案している。

他の観光地のためのヒント(TIPS FOR OTHER DESTINATIONS)

ヒント① 人の手で作られる物の伝統を後世に残すには、技術の継承だけでなく、作り手の想いや誇りを多くの人に届け、育む機会創出と後継者に将来像をイメージさせることが重要です。 丸亀うちわは、元々、分業で製作されていました。竹を取る人、骨組みを作る人、和紙を作る人、貼 る人、形を整える人、宣伝販売する人など彼ら全員の想いが詰まって1つの作品が人々の手に届けられます。 1つの物を作る過程で様々な人が関わり、人間関係が構築され、そのコミュニティの輪が広がることで地域が作られていることを一元の観光客であっても、リピーターであっても地域内外で職人兼後継 者である人材に発信してもらう機会を創ることで歴史や伝統は続いていくと考えます。

ヒント② 伝統的工芸品を生み出す職人の技や想いを後世に繋ぐためには、「登竜門」としての制度設計が効果的です。丸亀うちわニュー・マイスター制度のように、先駆的職人からレクチャーを受け、ある程度の技術が身についても、継続的に自分自身の成長と伝統の発展に貢献する強い想いを持ち続けなければ、継承は不可能です。 そこで後継者育成講座を卒業した人には3年間という修行の期間を与え、知識・技術・熱意など自分磨きだけでなく、伝統的工芸品に込められた全てを吸収、発信できる人材になるべく、官民でサポートしています。修行期間の登竜門を突破できれば、自ずと職人への道が開かれ、伝承人的存在を確立できると思います。