釜石市(岩手県)
地域を巻き込んだ研修事業の展開で「防災文化」コミュニティづくり
~「文化伝承」を事業化することで財源と人材を確保する仕組みづくり~
2020年にグッドプラクティスストーリーを獲得した「津波伝承者制度」の実施について、震災から12年の時の経過による津波被害を伝える人材の確保、および震災の風化によるそのモチベーションの維持が課題。
DMOによる津波防災の地域事業者を巻き込んだ「研修コンテンツ化」と、大企業への販売でDMOが財源確保を実現。人材を長期雇用できる仕組みづくりを構築。(研修内容は主に「復興まちづくり」「防災マネージメント」。1回あたりの研修は2泊3日~3泊4日、5人~30人の参加)
研修の造成に際して、地域事業者やコミュニティを巻き込んだことで、地域理解が促進し、新たな協力者が増えた。また、地域外の大企業が研修で釜石の津波防災文化を学ぶことで、その参加料金をもとに、津波被害を伝える人材の費用が確保され、継続して地域内の小中学校等にも防災文化を伝えることができるサイクルが確立した。また、防災文化を海外の途上国に輸出する展開も始まった。
観光地の説明(DESTINATION DESCRIPTION)
釜石市は北日本の太平洋側、世界3大漁場と言われる三陸海外の中腹に位置。小さな4つの湾、1300mクラスの山々に囲まれた、清流が4川流れる豊かな自然に恵まれている場所である。 かつて、そうした漁村の一つに過ぎなかった釜石は、1857年に鉄鉱石を原料とした鉄づくりに成功し、日本の産業近代化に貢献。釜石は近代製鉄発祥の地として歩み続けてきた。
一方、2011年に東日本大震災が発生し、釜石市では1000人以上の市民が犠牲になったほか、 第二次世界大戦中においては艦砲射撃による被災を経験するなど、幾多の困難から立ち上がってきた経験も有する。
釜石市は、三陸復興国立公園に位置するものの、シンボリックな知名度のある観光スポットがなく、また、大都市圏である東京都からの移動が6時間以上かかるなどアクセスが悪いため、 その移動距離をカバーできるほどの魅力的な観光コンテンツを開発を必要としてる。
そのため、どのような観光地域づくりをどう行うべきか、2016年よりGSTC基準について日本ではいち早く研究し、取り組みに着手した地域でもある。
2021年策定の「釜石市総合計画」には、観光による誘客で、今後地域に関わっていく人たちを増やしていく取り組みが記載されており、観光とまちづくりが一体になり、推進している市でもある。
直面した課題(ISSUES FACED)
2011年に発災した東日本大震災は、12年の時を経て復興事業が終了した。それまでは被災地の様子を見聞するツアーが多く実施されていたが、被災各地では、時の経過とともにツアーへの参加人数が減少傾向にあった。
被災各地では、参加人数の減少とともに「防災文化」を発信する各団体の活動予算は減少、将来性が見えないことから津波被害を伝えるスタッフのモチベーションの低下、人材の不足が課題であった。
釜石もそのひとつであり、同様の課題を有していた。
課題解決の対策方法、ステップ、ツール(METHODS, STEPS AND TOOLS APPLIED)
①対策方法の概要(順序立てで )
1)釜石では、先の課題のような状況はある程度予測ができたため、震災の風化、伝承者の確保、津波防災文化の継承のための運営費を自主事業にて、経済面・文化面・環境面への配慮を行った研修プログラムを企画した。
2)DMO、市、ステークホルダーにて、プログラムを造成し、企業向けの研修を実施しては振り返るPDCAサイクルを繰り返し、研修商品を造成した。
3)研修商品はテスト販売を開始すると口コミで、販売数が伸びた。
②情報源とリソース
DMOの代表が前職で研修事業を手掛けていたこと、研修運営のノウハウのある社員を確保したこと。
③様々なステークホルダー
津波伝承施設運営委員会(地域コミュニティのひとつ)防災文化をコンテンツ化する際に協力
釜石地方森林組合(研修メニュー山林研修の提供・移動に伴うカーボンオフセット)
御箱崎市民会議(漁業関係者の団体) (研修メニュー山林研修の提供)
東北大学大学院(建築に関する研修メニューのヒアリング)
釜石市学校関係者 文部科学省 等
成功の主要因(KEY FACTORS FOR SUCCESS)
内的要因は、漁業関係者や林業関係者、各地域コミュニティ団体等のステークホルダーを巻き込んだ研修を作り上げたことで、地域をあげて企業研修を受け入れる機運が醸成されたことである。研修受入れ時においても各ステークホルダー間の連携が働き、来訪企業の評価が高まった。そのことにより、企業研修にかかわるスタッフのモチベーションが向上し、また、プログラムの改善が行われ、好循環が生じていることにより、より良いプログラム運営ができている。
外的要因としては、コロナウイルスの蔓延による社会システムの変化にあって、首都圏の大企業のパンデミック後の事業再生や新規事業開拓への需要が高まり、東日本大震災からの復興を目指した釜石の取り組みに関心を示したこと。また、研修を受けた企業が自発的に自社や他組織に、釜石でのプログラムへの参加を促してくれたことで、広報活動がなく、研修プログラムを販売できたことである。
得られた知見(LESSONS LEARNED)
直面した課題は、年月が経つにつれ、震災の記憶が徐々に風化することにより、震災の経験やその経験から得られた学びに対する次世代までの伝承の困難さである。 また、研修参加者に、釜石の防災文化を真に伝えることができるかが課題であった。事実のみを伝えるだけでなく、当時の住民が、何を考え、どのように行動したのか、そしてその経験から何を学んだのかを伝えることで、心を動かすほどの研修を造成した。
各ステークホルダーも震災の風化を課題に感じていたため、協力を得るのは比較的容易であったが、震災について、世代を超えて話し合いのできる場の提供が必要であった。 そのため、震災伝承施設を、観光スポットではなく、地域住民が集う憩いの場所にすることで、あらゆる世代が過去と未来を語ることができ、震災を受け継げる場所に再定義した。 また、立場の異なる多くの方から震災について聞き取り、どのようなことがその人の行動を変えたのか、震災から何を感じ、何を学んだかなど、多角的な視点で聞き取りを行った。例えば、当時の学生、教員、地元の水産加工業者、復興に携わった建築家から、当時の考えを聞くことで、「震災」をリアルに捉え、それぞれの「考え」のエッセンスを抽出することができた。 これらを研修テキスト化することで、実際に震災を経験したことがない人でも、震災伝承ができるようになり、防災文化の継承が可能になった。
この課題解決よって、最も影響を受けたのは地域住民である。震災伝承が活発となり、域住民の震災の記憶の風化を止めることができるからである。伝承の活性化により、若年層が伝承活動に関心を持ち始め、昨年は最年少12歳の津波伝承者も誕生した。伝承活動が地域に根付き、これまで携わってこなかった方も巻き込んだ伝承活動の持続性を構築することができたといえる。そもそも、東日本大震災を経験していない(もしくは覚えていない)若年層や移住者には、災害を語ることについての抵抗感があった。それが、地域を巻き込んだ企業研修によって、地域に活性化がもたらされ、防災文化の伝承活動に加わりやすい状況が創り出されている。 また、研修に来た企業は、併せて漁業体験等を行うケースが多く、地元の漁業関係者の収益向上に役立っている。 環境面では、釜石地方森林組合へのカーボンオフセットを行っており、同組合はその収益が生じている。 本事業の特徴のひとつは、研修を受けた企業が、釜石に関心を持ち、ステークホルダー化されることである。 研修に参加した企業はリピートする傾向にあり、また参加3社合計で2億円を超える寄付をいただいた。これは当該研修事業の推進に指定されている。 研修事業の伸長により、これに起因する地域内の宿泊、飲食も増加している。
成果と実績(RESULTS AND ACHIEVEMENTS)
東日本大震災の教訓を、大企業の「研修」に活用することで、地域外の大企業が研修のために釜石に滞在。その参加料金をもとに、伝承者の人件費が確保され、継続して地域内の小中学校等や、要請のある国内の自治体や、海外にも防災文化を伝えることができるサイクルが確立した。
ここでの受益者は、文化継承への道筋が立った地域そのものと、新たなモデルにより宿泊の増えた宿泊事業者・飲食店、一部の研修を担当する1次産業者等である。
副次的な成果として、新たに釜石で生産される海藻に由来するブルーカーボンオフセットを、漁業関係者の協力により、研修企業に販売できる見通しも立った。
また、研修参加企業3社より2億円を超える研修事業の運営のための寄付があり、今後活用していく。
2022年度の企業研修の実績(2023年予測) ①延べ実施団体 35(60) ②参加者数 284(500) ③研修推進売上 860万円(1,200万) ④単価@30,280円(@32,000円) *修学旅行、体験プログラム除く
他地域でのヒント(TIPS FOR OTHER DESTINATIONS)
文化やコミュニティを維持していくにはそれを支える人・組織が存在し、当然経費が発生する。さらに人口減少が進む地域では、その担い手の育成が必要である。
それらを維持していくには、地域行政が地域の推進者にお金を出せば済むものではなく、そこに関わる地域の人達のモチベーションや、承認欲求が満たされることも大切である。
釜石の場合は、これらの問題を解決する手段として、DMOが「防災文化」を「企業研修化」した。これは、「防災文化」に関わらず、他の地域でも応用可能なことだと考える。
一方、高付加価値の商品であるため、企画の作りこみや実施方法には、専門家のアドバイスが必要である。釜石の地域DMOのかまいしDMCではこうしたアドバスを、他のDMOにも実施している。
評価とその他の参考資料(RECOGNITIONS AND ADDITIONAL REFERENCES)
企業研修の推進事例
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000058.000103401.html
自然と人から学ぶ旅(OTA)
https://matcha-jp.com/jp/11691
9歳の伝承者の誕生(地域ニュース)
https://en-trance.jp/news/kamaishishinbun-news/34890.html
漁業や林業を巻き込んだ体験コンテンツ
https://visitkamaishi.jp/program/
企業研修(日経新聞)
https://hatarakikata.design/news/1267/
企業研修の参加者の評価は、大変満足、満足普通、不満、とても不満の
5段階評価で、84.8%が大変満足と回答している。