
箱根町(神奈川県)

モビリティの課題を克服する
日本でも有数の観光地である箱根町は、山間部に位置することもあり、坂が多く階段や段差も少なくない。町と箱根DMOでは誰もが気兼ねなく旅行できる「やさしい観光地」を目指すこととし、ユニバーサルツーリズムの推進をおこなうことにした。
観光サイドと福祉サイドが協力し、町の多くのステークホルダーの方たちと話し合いを重ね、車いすユーザー向けの冊子を制作し配布したところ旅行業界・車いすユーザー、そして他の自治体などからも多くの反響をもらった。その後、受け入れ側のセミナーも行い、地域へ理解の輪が広がった。
地域の概要(DESTINATION DESCRIPTION)
日本でも有数の観光地である箱根町は、山間部に位置することもあり標高差は約100mから約1400mと大きく、坂道は狭く曲がりくねっている。特に旧東海道の道は、古くより「天下の嶮」と歌に唄われたように、東海道第一の難所とされてきた。したがって他の観光地と比べて、足腰の衰えた高齢者や障害のある方からは、「なかなか行けない場所」と見られがちだった。一方温泉は日本では高齢者や障害者にとってはリハビリの一つになるほど重視されている。温泉を利用したリハビリ用プールを完備している病院もあるように、健康需要もあるが、取り込めていない部分も多かった。
そこで温泉観光地箱根としては、今後高齢や障がいの有無に関わらず誰もが気兼ねなく旅行できる観光地を目指すこととした。
直面した課題(ISSUES FACED)
日本では国内人口減少が進み、2052年には1億人程度、2065年には約30%減少する見通し。 そして少子高齢化が急速に進行しており、2065年には総人口の約38%が65歳以上になる見通し。※出典JNTO観光を取り巻く 現状及び課題等について そのようななか、町内の観光関連施設のAccessibilityを改善し、中・長期的な町のイメージアップを図り、シニア層・障害のある方へも積極的にアプローチをすることにした。ところが現状の受入環境では「やさしい観光地」には不十分であることがわかった。
課題解決の対策方法、ステップ、ツール(METHODS, STEPS AND TOOLS APPLIED)
・そこで町と箱根DMOはプロジェクトを組んだ。当初DMO事務局、町観光課職員、宿泊事業者で結成されていたが、旅行弱者の方々の状況や受入環境を整備する方法も分からない素人の集まりだったどこから手を付けたらいいのかもわからず、今までは無縁だった箱根町社会福祉協議会に相談した。※社会福祉協議会は、民間の社会福祉活動を推進することを目的とした営利を目的としない民間組織の事 社会福祉協議会からは、箱根在住の車いすユーザー、そして介護施設で働いている人を紹介して貰った。
・さらに、車いすユーザー・介護士などの当事者と専門家が加わり、具体的な、やるべき事の議論が行われた。
・車いすユーザーに聞いた所、事業者はそれぞれ単体ではバリアフリーへの取り組みをしているが、ひとつにまとまっていない。したがっていざ旅行に行こうとしても、ます情報収集のレベルから苦戦。結局最終的に諦めてしまうという問題がある事が発覚。つまり、情報をひとつに纏めて発信する事がポイントであるということが見えてきた。
・また必要な情報というのは、単なる施設情報の羅列ではダメであって、実際の旅行の行程中に、どこかひとつでもバリアがあった場合、旅を断念せざるを得ないという事も判明した。受け入れ施設側も、対応が面倒なため「リクエストがあれば出来る範囲で対応」という受け身のところも少なくなかった。つまり、情報のバリアが有る事が判明。そして必要なのは点では無くて線の情報であり、どこからどこをどのように移動するかということが求められているということだった。
・そこで、「この本を持っていれば車いすの方でも箱根観光が楽しめます」というオールインワン ソリューションとなる充実した内容の冊子を作成。具体的には公共交通を利用したものと自家用車を利用したもの2パターンでモデルコースを作り、関係各所に10,000部配布した。結果1万部は即なくなり、再印刷のリクエストを受けるほどだった。それだけニーズがあったにもかかわらずに今まで我々が見過ごしていたことであった。
・受け入れ側のマインドチェンジも必要であるため、2022年セミナー・勉強会を開き、合計25社、100人以上の関係者が集まり、実証実験の話や車いすユーザーの話を熱心に学んだ。https://docs.google.com/spreadsheets/d/1joJQwf41LIDx0YRV2ZpvkyLzx_qmHd-Yq-VG-WEBaIY/edit#gid=1630301895
さらに本年度は、より多くの観光事業者の第一線の方々が介助の方法なども学ぶ機会を設け、心のバリアフリーを進めていこうとしている。
成功の主要因(KEY FACTORS FOR SUCCESS)
・最初に山にかこまれた箱根で、旅行弱者が安心して旅行を楽しめるということを検証するために車いすユーザーによる実証実験を行った。箱根は標高差が大きいために、いたるところに階段や急傾斜がある。例えば自家用車での移動の場合、箱根の玄関口である湯本駅前の標高は94m。国道1号最高地点は874mあり、その差780m。全体の勾配平均は5.5%である。また二次交通である箱根登山鉄道を利用した場合、約4.6度の坂道、言い換えると、最大で80‰(パーミル)、1,000m進むだけで80mの高低差が生まれる。このような高齢者泣かせの傾斜でどのように車いすを押すかの説明や、道具の紹介を実際に箱根で撮影しYouTubeにアップした。※箱根登山鉄道より
・実験結果を受けて、「ここではこうしたらスムース」というおススメルートを作った。
・また車いすユーザーからの助言で、冊子は実際のその場所の状況がよくわかるよう、写真を中心に纏める事にした。障がいの程度は個人差があり、写真を載せる事により、本人が自分の意志で「ここなら行ける」などと判断出来るからだ。そして多目的トイレについては、写真を載せるだけでは無く、手すりが右にあるのか左にあるのか、可能式か手動式なのかなど細かな具体的な情報を記載することにした。※右手が不自由な方に、右の手すりがあっても使えない為。
・そんな情報に大きな反響があった。今まで旅行弱者でも楽しめるという情報が不足していたからであった。
・当事者からのアドバイスにより、より分かりやすく意味のある情報を載せる事が出来た。
・さらに、講演会を行うことで、受け身だった受け入れ側のマインドチェンジを促すこともできた。講演会を通して、あらためて、その意義を理解・再確認し、お客様に向けて情報の発信に活かしていきたいという声をいただいた。
・アンケートで『ユニバーサルツーリズに対して自身の心の変化はありましたか?』という問いを5段階で質問したところ、4.28という結果が出た ※5が変化あり、1が変化なし ※レビュー・心境の変化 また参加者への満足度アンケートでは5点満点中4.89という高評価を頂いた。
・2022年10月には箱根DMO認定ガイドへの講演会を行い、合計15名が参加した。ガイドは実際に車いすに乗って当事者の状況を体験し、その大変さを身をもって知ることになった。例えばわずか1cmでも段差があれば動けなくなる、絨毯の上では車いすは漕げないなど、今まで知らなかった情報を得る事で今後旅行弱者の方により寄り添えるガイドが期待される。
得られた知見(LESSONS LEARNED)
バリアフリー化は国の政策主導で、それを受けた個々の施設任せであった。旅行弱者の受け入れは、手間がかかるということで受け身の対応になりがちだった。Accessibility&インクルーシブには滞在的ニーズがあった。今回観光と福祉が手を取り合い、町内のステークホルダーの皆さんと1年以上の期間をかけて話し合い、具体的な線・面となった情報を発信することで新しい旅の需要を生み出せるということがわかった。
日本においては縮小する国内宿泊旅行市場、その一方で注目される高齢者市場があり、具体的には70代以上の旅行回数は1年に1回(一番多いのは20代1.5回60代1.4回)70代が旅行に行かない理由が歩行の不安である。
ここを60代と同じ1.4回数旅行した場合の拡大効果は5200憶と言われている。同行者として1人誘発すれば1兆400憶になる。旅行環境を整えれば、シニア層の旅行回数を維持でき、旅行者拡大もできるということになる。 ※国土交通省 車いす、足腰が不安なシニア層の 国内宿泊旅行拡大に関する調査研究より
今回、「人生最後の旅行として箱根を考えている。風呂の介助の手伝いをお願いできないか。」との問い合わせもあったそうだ。
この取り組みを通して、高齢者や障がい者など旅行弱者と呼ばれる人たちに箱根スタイルのおもてなしをすることで、多くの方に喜んでいただけ、なおかつマーケティング的にWINWINな関係を作ることができそうだということがわかった。
成果と実績(RESULTS AND ACHIEVEMENTS)
『車いすで巡る箱根観光MAP』を1万部制作・配布したがこれが大評判となった。話題になったことで
- SNS・新聞に掲載 これを見ながらコースを計画した、旅行中も車いすの背もたれのポケットに入れておいて度々確認しながら回ったなどとSNSでもバズった。もっとあちこちで配布して欲しいとの要望・投稿あり。地元の新聞でも大きく取り上げられた。https://www.townnews.co.jp/0607/2022/05/07/624210.html
- 実証実験で車いすトラベラーの方が箱根ロープウェイに乗った所を動画でSNSに載せ、3,778回から61,000回と再生回数が普段の10倍以上になった。車いすユーザーが知らなかった情報(車いすで箱根観光ができる)をアップしたことで再生回数が伸びたとの事。
- 社会福祉協議会では車いすの貸し出しを常に行っているが、令和3年度と比較し、冊子を作成配布した令和4年度の貸し出しは2件から45件※社協調べへと大幅に伸びた。
その他
箱根の山々は急斜が多い地域。そんな箱根でも車いすで巡れる事が判明した。その結果今まで旅行を諦めていた人々にも来て頂けるようになってきた。