東松島市(宮城県)

地域の景観資源をトレイルコースに活用した東松島の持続可能な観光の取組

直面した課題(ISSUES FACED)

東松島市(以下「市」という)は、牡蠣や海苔が特産品で、年間110万人以上の観光客(観光遊覧船、海水浴場、牡蠣まつりなど)が訪れる市でした。しかし、2011年3月11日に発生した東日本大震災において1,100人を超える方が亡くなり、多くの家屋が流失。浸水域が市街地の65%(被災市町村中最大)に達するなど未曾有の被害を受けました。震災により多くの観光資源が失われ、震災翌年の2012年の年間観光客数は約36万人と激減。以降も震災研修を目的とした語り部ガイドによる教育旅行やボランティアツアーの受入れ等を進めてきましたが、観光客数の回復が遅れています。観光客数を回復し地域経済の活性化を図るため、被災した観光資源の復旧だけではなく、改めて地域資源を見直し、新たな観光資源による観光振興を推進していく必要がありました。

課題解決の対策方法、ステップ、ツール(METHODS, STEPS AND TOOLS APPLIED)

震災後、地域住民、宮城県等と連携し、本市の宮戸地区に宮城オルレ奥松島コース(以下「奥松島コース」という。)を整備しました。コース開設後も、地域住民、宮城県、県内でオルレコースを持つ他自治体等とともに、地域と観光客をつなぐ取組として、コースを活用したイベント開催、PR等を行っています。

●オルレとはどういったもの?  オルレは、韓国済州島の方言で、「通りから家に通じる狭い路地」という意味ですが、歩く道やトレッキングコースという代名詞として使われています。オルレの魅力は、海岸線や山などの自然、民家の路地などを身近に感じ、自分なりにゆっくり楽しみながら歩くところにあります。宮城オルレは、九州オルレ、モンゴルオルレとともに済州オルレの姉妹版として、風景と温泉、文化と歴史を五感で感じ、体験できる特別なトレッキングです。

●コース開設の経緯 市では、震災により観光客数が激減し、観光客数の回復による地域経済の活性化が遅れていました。地域資源を見直し、本市の宮戸地区の自然豊かな素晴らしい景観を活用できないか検討した結果、地域と繋がりながら自然を感じることができるオルレに着目しました。宮城県とともに、社団法人済州オルレの協力のもと、九州・モンゴルに続く済州オルレの姉妹道となる「宮城オルレ」を整備し、2018年に奥松島コースを開設。自然と人間との共存を模索するすべてのオルレコースがそうであるように、宮城オルレも自然とともに生きていくという思いが込められています。

成功の主要因(KEY FACTORS FOR SUCCESS)

●コース設定 コースの選定にあたっては、80代のお年寄りが子どものころ登下校で通っていた山道を再び生かすなど、地域の自然を愛する多く方々の声(まちづくり協議会、地元住民、松島自然の家、地域おこし協力隊ら)を取り入れ、さらに、済州オルレ事務局の李氏の助言を受けながら、官民一体となりコースを設定しました。

●大高森等、もともと地域にあった観光資源の利用 本市には年間約15,000人が登頂する大高森があります。頂上から見る松島湾の景色は箱庭のように見える絶景であり、松島四大観の一つ「壮観」に数えられています。また、令和4年3月に国の登録有形文化財(建造物)に登録される旨の答申がなされ、大高森の中腹にあって荘厳な佇まいの「大高森薬師堂」や、国史跡に指定されており約6,800年前からの生活の様子を感じることができる「里浜貝塚」など、日本最大級の貝塚をはじめ、縄文時代の遺跡が数多く残る歴史的文化が色濃く残るエリアでもあるため、ここにしかない景色と歴史を活用しながら自然と触れ合える独自のコース設計がなされています。

●地域住民との関係性 大高森は、観光客やトレッキング愛好家だけではなく、日頃から地域住民の散歩コースにもなっており、地域の象徴であるとともに地域に根ざした観光地です。

●イベントやPR 本市では年4回、季節ごとの奥松島コースを活用したイベントを開催しており、募集定員を超える回もあるほどの人気イベントになっています。イベントでは、その季節の自然(草木や原風景)を感じていただきながら、本市の旬の食材を活用した軽食等を味わっていただくなど、五感で体験できるイベントとしています。また、奥松島コースのPRについては、本市のホームページや広報紙での周知、イベント前の記者会見での情報提供等を行っているほか、宮城県においても公式ホームページやSNSアカウントを開設し、観光客増加に向けた呼びかけを積極的に行っています。

●行政の支援に必要な財源の一部である「納付金」の活用 市は環境保全などに取り組んでいる町おこしの活動を間接的に支援できるシステムである「ふるさと納税」寄付金制度を活用しています。特産品や観光をPRすると同時に納付金は地域の自然、文化、地域性、地域経済の持続的発展に大きく寄与しています。2019年度は、54,694件、2020年度は、55,238件の寄付をいただき福祉、子ども、環境保全、産業の分野で有効に使われています。奥松島トレッキングコースはその中の産業分野に分類されており、観光地としての整備に活用されています。

●コースの維持管理 コースの維持管理は、定期的な巡回による倒木等の確認やコースに設置したオルレ公認の目印の設置確認を行い、除草作業も行います。コース管理を持続的に行うことで、利用者に気持ちよく歩いていただくよう努めています。コース管理は主に市職員のほか市から委嘱を受けた復興まちづくり推進員があたっています。加えて、地域のボランティア団体が除草活動を行うなど、地域一丸となった管理体制を整えていることが特徴です。

●利用者のマナー オルレには決められたマナーがあり、以下のことをパンフレット等で周知しマナーを守って楽しんでもらうように呼び掛けています。

(オルレの歩き方)・民家の近くを通る時は、勝手に敷地内に入らないようにしましょう。・住民や私有財産を撮影するときは、必ず許可を得ましょう。・歩きながら出会った人に笑顔で挨拶を交わしましょう。

(オルレのマナー)・リボンを持ち帰ると次に歩く人が道に迷います。・道を案内してくれる標識(カンセ・リボン・矢印)はさわらないでください。・ゴミは必ず持ち帰りましょう。・道沿いの農作物は採らないでください。花や木は目で鑑賞しましょう。

(安全のために)・宮城オルレのコース標識(カンセ・リボン・矢印)に沿って、決まった道を歩いてください。・コースから外れた急傾斜地等での危険な行動は控えてください。・トレッキングに適した服装と靴を着用してください。・車道を歩くときは、車に気を付けましょう。・台風、豪雨、豪雪など天候が悪い場合は中止してください。

得られた知見(LESSONS LEARNED)

●利用者の増加 健康志向の高まりと手軽に始められる運動ということあり、ウォーキングやトレッキングを始める人が年々増加する中、オルレはそうした人たちを呼び込み、コロナ禍にあっても野外での活動コンテンツということで需要が高いということを再認識しました。

●他の景勝地への連動の必要性、他コースとの連携による効果の大きさ 宮城県内の4コースが協力し、宮城県が主催となって行われるオルレフェアでは、スタンプラリー等の開催により、1つのコースだけではなく複数のコースを体験する人が多く、好循環をもたらしています。1つのコースを体験すると他のコースはどうだろうかといった興味が湧くこともあり、複数のコースが連携し情報発信等を行うことで、オルレ利用者の増加につながり、強いては観光客増加の底上げにつながるものと感じています。

●地域と共有することの重要性 イベントの実施などから、オルレを通じて観光客を呼び込むためには、一部の人たちが取り組むのではなく地域、まち、圏域といったたくさんの人たちの関与が非常に重要であると実感しました。

●民間事業者による福利厚生事業に活用 民間事業者が福利厚生事業として、奥松島コースを利用しイベントを開催した実績もあります。市がイベント開催方法をレクチャーすることで、官民連携の事業に発展することができました。今後もこうした事例を増やしながら、いずれは市が関与せずとも、民間事業者等が奥松島コースを活用した独自イベントが継続的に開催いただけるような体制を整えていきます。

●利用者年齢 オルレイベント等におけるアンケートの結果、参加者の平均年齢は50代中盤ということがわかりました。しかしながら、下は10歳未満から、上は80代の方もイベントに参加しており、幅広い年齢層が楽しむことができる観光コンテンツになっています。立ち止まってちょっとした世間話をして地域の魅力を伝えることができるなど誰でも参加、貢献できるのが特徴で、地域への誇りを形にできる貴重な機会創出の一助となっています。

成果と実績(RESULTS AND ACHIEVEMENTS)

●奥松島コースは、始点と終点が同じであることが県内の他のコースと比べた大きな利点となっています。宮城県内における利用者数は年間平均6,800人であり4つのコース全体のうちの実に49%が奥松島コースの利用者で占められています。さらに、奥松島コースの利用者数は、令和3年(2021年)6月27日に2万人を突破するなど多くの参加者があることからも奥松島コースが東松島における新たな観光資源として市の観光客増加に寄与していると言えます。

●オルレイベント時には、市内観光事業者との連携による賑やかし(八丸牧場等)や物販の実施などが行われ、地元住民だけでなく、多くの観光客が訪れ、近くにある観光施設と連携して新たな地域資源として積極的にエリアとしてアピールするなど、地域間連携の取り組みの輪が進んでおりイベントを介した市内経済循環の一助となっています。

●また、市内地区センターのイベントや市内小中学校の活動としての奥松島コースの活用など、市内全域での認知度も向上しています。市職員はもちろん、市内の学校やジュニアリーダーといった学生活動にも組み込まれており、利用者の年齢層が広範囲になることで、世代を超えたコミュニケーションツールになり得る萌芽的な事例となっています。

●東日本大震災の発生時、宮戸地区の住民は遊歩道を通り短時間で高い場所に避難したこともあり、地区での犠牲者は15人と比較的少なかった。今後、少子高齢化により地域住民だけでの遊歩道維持管理が難しい中、奥松島コースの開設により、これまで整備が行われていなかった遊歩道が定期的に整備されるようになり、コース中の自然豊かな景観の活用が図られ観光資源として整備されるとともに、地域住民の大切な遊歩道が維持されていくことに繋がります。

●トレイルスポットとしての広がり 東松島市はオルレのみならず、環境省をはじめ4県28市町村に及ぶ関係自治体、民間団体、地域住民の協働により復興のシンボルとして三陸復興国立公園内で整備している東北太平洋沿岸地域の全長1,000キロを超えるナショナルトレイル「みちのく潮風トレイル」のコースにも選定され(2019年6月全線開通)地域が誇るトレイルスポットとなっています。これらのコースを活用しながら、観光による交流を活発にし、地域経済の振興を図ることを目的に、主体的に実地踏査等に取組む活動などの舞台にもなっており、景色を満喫しながらゆっくり歩くことのできるトレッキングコースをきっかけとして地域に訪れる人を増加させています。

●東松島の豊かな自然を愛する人の力が、地域と行政を結びつけ、外からの観光という視点が加わることで、唯一無二の東松島の環境資源の魅力の再認識につながり地域の誇りの一つの形になりました。自然と共にある人々の暮らし、積み重ねられた歴史・文化は、厳しくも豊かな自然の恵みと重なり合いながらいまに繋がっています。また、歩く中で生まれる人と人との温かな交流も歩く旅の大きな魅力の一つです。今後も官民一体となったコース整備を行い、地域の誇りである大高森の景観をゆっくりと楽しめる奥松島のルートを市内外の幅広い年齢層の方に利用していただくことで、観光客数の増加による地域活性化の向上につなげられるよう努めてまいります。