小豆島町(香川県)
中山千枚田の保全
直面した課題(ISSUES FACED)
小豆島のほぼ中央の中山間地域に位置する中山地区は、「日本の棚田百選」に選ばれた中山千枚田を中心に、奥深い山々や初夏には蛍が舞う美しい清流、そして点在する民家で構成され、「美しい日本の歴史的風土100選」や「にほんの里100選」の一つに数えられるなど日本の原風景が残る地域です。この中山地区において、中山千枚田での米作りは、保水や生態系の保全、景観の維持だけにとどまらず、「中山農村歌舞伎※1」や「虫送り※2」などの伝統や文化が蓄積されている地域文化の軸となっています。
しかし、1970年代に入り、地域の過疎化・高齢化が進むにつれて、棚田ゆえの労働生産性の低さによる離農が増加し、棚田の荒廃が進んでいきました。実際に、2012年には、758枚あった棚田のうち耕作管理されているものは435枚にまで減ってしまったのです。
草木に覆われた荒廃田の増加は、里山の景観を損ない、水の循環機能を低下させ、農作業効率のさらなる悪化を招きました。さらに、担い手不足の問題は、棚田だけではなく、約300年続く地域の伝統芸能である「中山農村歌舞伎」の伝承にも影響を与え、「虫送り」に関しては、一度は完全に途絶えてしましました。中山地区の景観や伝統行事は観光としての価値も高く、多くの観光客を魅了してきた町の貴重な観光資源の一つです。その源である中山千枚田を守り続けることができるかが課題となっていました。
※1中山農村歌舞伎・・・江戸時代中期(約300年前)から伝わる伝統芸能。五穀豊穣の奉納歌舞伎として、役者から裏方まで地元の人々の手で上演している。
※虫送り・・・江戸時代中期(約300年前)から伝わる伝統行事。半夏生の日に「」と呼ばれる松明をかざしながら棚田の畦道を歩き、害虫の被害にあわずに豊作になることを願うもの。
課題解決の対策方法、ステップ、ツール(METHODS, STEPS AND TOOLS APPLIED)
中山千枚田の将来を危惧した地域住民は、先人たちが築き守ってきた棚田と、棚田を中心に培われてきた貴重な文化や伝統を後世へと残していくために、行政や農村再生に関する専門家と協力し、棚田の現状調査や意向調査、保全活動に向けたワークショップを重ねました。そして、2015年6月21日に小豆島町中山棚田協議会が発足されました。
協議会では、棚田の保全に向け様々な取組を行ってきました。まず、2016年から開始した中山千枚田オーナー制度は、都市住民に直接耕作に関わってもらいながら棚田を保全していこうという制度です。中山千枚田の保全活動に理解があり、地域の人々とのふれあいを大切にできる方を募集し、田植えや稲刈りなどの作業はもちろん、虫送りや中山農村歌舞伎などの伝統行事にも参加していただき中山千枚田の文化を知ってもらいました。また、2011年より棚田利用状況調査を毎年10月に実施し、棚田の耕作状況などを可視化することで現状の把握を行っています。さらに、日本とインドネシアの6つの大学による農業体験プログラムの受け入れや地元大学の学生との交流も行っています。地元大学の学生たちは棚田での農作業や農村歌舞伎などの伝統行事の体験を通して、棚田を中心とした持続可能な地域社会について地元住民と一緒に考え、行動していく「棚田の会」というプロジェクトを立ち上げています。
大学生や棚田オーナーなどの若者とのふれあいを通して、地元農家も活気を取り戻していきました。
成功の主要因(KEY FACTORS FOR SUCCESS)
地域住民が棚田の保全活動に対するモチベーションを高めるきっかけとなった出来事が2つあります。
1つ目は、2010年・2013年に開催された瀬戸内国際芸術祭です。瀬戸内国際芸術祭は、瀬戸内海の島々を舞台に3年に一度開催される現代アートの祭典で、2010年開催時には約11万人、2013年には約20万人が小豆島を訪れました。その中でも、中山地区に展示された台湾人アーティストのワン・ウェンチー(王文志)による数千本の竹を使ったドーム型の作品は、小豆島エリアの作品の中で最も人気となり、中山地区は多くの観光客で賑わいました。
2つ目は、2011年に公開され、日本アカデミー賞で10冠を受賞した映画『八日目の蝉』のロケ地となったことです。映画の重要なシーンの撮影で千枚田での「虫送り」が再現され、地元住民にとって途絶えていた伝統行事の復活の機会となりました。
こうして、中山地区は観光地としてより一層注目を浴びることとなり、地域住民が自分たちの地域の持つ魅力を再認識するきっかけとなったのです。
得られた知見(LESSONS LEARNED)
瀬戸内国際芸術祭や映画のロケ地として国内外に認知され、地域住民や小豆島町中山棚田協議会の保全活動も精力的に行われてきましたが、観光客の増加に伴い、棚田などの私有地への侵入や駐車場の不明確さによる路上駐車などの問題が発生しました。そこで、町は、駐車場となる敷地の舗装整備を行い、そこへ誘導する案内板の設置、さらに田や畦道に入らないよう注意喚起する看板を整備しました。こうして、そこに暮らす人々の生活と観光の間にお互いを思いやる一定の距離が芽生え、観光の賑わいを維持しながら、地域の景観や文化を守っていくことが可能となりました。
成果と実績(RESULTS AND ACHIEVEMENTS)
小豆島町中山棚田協議会を中心として、官民一体となって取り組んできた保全活動の結果、2020年までに44枚の田が復田され、また、景観保全のため、毎年2回休耕田の草刈りを行ってきた地元水利組合などの努力も加わって、荒廃田が68枚解消されています。また、一度は途絶えてしまった伝統行事「虫送り」は、2011年の映画撮影を機にその価値が再認識されたことで復活を遂げ、地元住民だけではなく、多くの観光客も参加する小豆島の夏の風物詩となりました。小豆島町中山棚田協議会は、棚田の保全活動をはじめ、伝統行事や瀬戸内国際芸術祭展示作品など地域の魅力についての幅広い広報活動が評価され、2014年には農業農村整備事業広報大賞を受賞しました。2017年からは地元の酒造会社と連携し、中山千枚田で耕作した酒米を使った小豆島産の日本酒を製造販売したり、棚田米を小豆島町のふるさと納税の返礼品にしたりと、国内外へ中山千枚田の魅力を発信し続けています。
地元住民の中山千枚田を思う気持ちが地域と行政を団結させ、そこに観光という外からの視線が加わることで地域文化の源である中山千枚田の希少性や価値が改めて見出されたのです。これからも、地域文化の源であり、小豆島の宝である中山千枚田を未来に残すため、地域・住民・行政が協力して保全活動を続け、地域の景観や文化の保全に理解のある観光客に選ばれる観光地を目指していきます。