那須塩原市(栃木県)
「持続可能な観光モデル」の確立に向けて
直面した課題(ISSUES FACED)
那須塩原市は、栃木県北部に位置し、塩原温泉及び板室温泉の二つの趣の異なった温泉を有している。塩原温泉郷は開湯から1200年以上の歴史をもち、豊富な泉質が魅力である。古くから多くの文豪や華族が訪れ、また大正天皇の御用邸が建てられるなど歴史的な価値も高い。板室温泉は「下野の薬湯」と呼ばれ、1971年には国民保養温泉地の指定を受けるなど湯治に適した温泉として知られている。また、那須塩原市は、首都圏から2時間程度という立地条件ながら渓谷、湿原、清流などの雄大な自然を有しており、県内有数の観光地として人気を博し、本市においては観光業を基幹産業と位置付け観光振興に取り組んできた。那須塩原市を訪れる観光客は、東日本大震災(2011年3月11日)により、一時的に減少したものの回復傾向にあり、年間入込数9,500,000人、年間宿泊者数1,000,000人を目標とし各種施策に取り組んでいる。
しかし、世界的に猛威をふるう新型コロナウイルス感染症により、観光業は甚大な影響を受けることとなった。新型コロナウイルス感染症拡大を受け、政府が緊急事態宣言を発出し、本市も令和2年4月24日から5月6日まで市独自の非常事態宣言を出した。都道府県をまたぐ人の移動を抑制するため、宿泊事業者への同期間の休業要請を行った。しかし、国の緊急事態宣言の延長及び市内の感染件数から、市の非常事態宣言は5月末日まで延長され、宿泊施設も5月末日まで休館することを余儀なくされた。結果として、4月及び5月の観光客数は前年度比約80%減となり、大幅な減収となった。
課題解決の対策方法、ステップ、ツール(METHODS, STEPS AND TOOLS APPLIED)
このような事態が続けば、観光事業の衰退を招き、ひいては市全体の経済活動の停滞を招くことが危惧されたため、独自の施策として令和2年6月1日から7月31日までの間、市民が市内の施設に宿泊した場合、宿泊料金の一部を補助する事業を実施した。ねらいは、市内温泉街等の宿泊事業者を支援すると同時に、外出自粛を余儀なくされた市民の精神的な負担の軽減を図ろうとしたものである。結果として、このキャンペーンで宿泊した人数は6,000人を上回り、そのうち市内の宿泊施設に初めて泊まった人の数が約44%を占めた。しかし、この施策は一時的な対策に過ぎず観光事業を根本的に支えるのは市外からの観光客であり、コロナ禍でも継続的に誘客し受け入れる仕組みづくりが求められていた。観光客は癒しを求めて本市を訪れる一方、地域住民は観光客を敬遠するという構造を変えていく必要があった。そこで、コロナ禍においては「住民の安心・安全」と「観光の持続性」が重要な視点であり、観光客・事業者・地域住民の三者による合意が必要であると考え、「信頼」、「ウェルネス」、「責任」の三つのキーワードを掲げ、本市独自の「持続可能な観光モデル」を策定し、各種施策に取り組むこととした。
成功の主要因(KEY FACTORS FOR SUCCESS)
「持続可能な観光モデル」においてのポイントは、観光客と地域住民相互の安心・安全のための感染対策の「見える化」と観光客にも一定の責任を持っていただく「責任ある観光」である。
「見える化」では、医師、感染症対策などの専門家による「取組認証委員会」の監修により策定した基準に基づく対策に取り組む事業所の認証制度や、宿泊事業者への定期的なPCR検査の実施を行っている。認証制度における基準は、飛沫対策設備の設置や各対策の文書化などの36の必須項目と5の推奨項目からなり、取組の程度に応じてハイプレミアムクラスとプレミアムクラスの2つに分けている。現在市内で4つの旅館・ホテルが認証を受け、6つの旅館・ホテルが審査を受けている状況である。認証を受けた旅館・ホテルは認証証と認証ステッカーで取組みをPRできるとともに、市ホームページ等で公表している。現在の対象は旅館・ホテルのみであるが、今後対象となる施設を拡大していく予定である。宿泊事業者への定期的なPCR検査については、市が示した「新型コロナウイルス感染予防対策宿泊者対応共助モデル」に応じた対策を行う旅館・ホテルと合意書を結び実施している。PCR検査の対象者は、合意書を締結した旅館・ホテルに勤務する従業員とし、原則月1回の実施としている。温泉街に集積所を設置し、旅館・ホテルが指定時間までに検体を持ち込み回収する仕組みとしている。
「責任ある観光」では、見える化の認証制度やPCR検査に要する費用について、訪れる観光客にも一定の責任を担っていただき、感染予防に協力していただく仕組みとしている。具体的には、那須塩原市の鉱泉浴場で徴収している入湯税を暫定的に引き上げ、財源としている。
得られた知見(LESSONS LEARNED)
入湯税を引き上げて持続可能な観光モデル(新型コロナウイルス感染症対策)に充てることについて、事業者から反対賛成の様々な意見があった。また、前例のない取組みであるがゆえに多くのメディアでも取り上げられ、国内から「PCR検査費用は施設運営側で負担すべきものであり、旅行者に負担させる仕組みは疑問である」といった反対意見や、「月1回のPCR検査でも安心・安全を確認できると不安なく宿泊できる」といった賛成意見など様々な意見があった。将来の観光の姿を伝えながら、事業者への複数回にわたる説明会や、行政・事業者・議会での議論を重ね、持続可能な観光モデルに取り組む答えを導き出した。
成果と実績(RESULTS AND ACHIEVEMENTS)
責任ある観光の考え方に基づいた取組みは、全国的にも数少なく、中でも新型コロナウイルス感染症に特化した取組みは例がない。この取組みに対し、観光客からの苦情等はほとんどなく逆に対策の一助になっていることに好意的な意見を得ることができ、「責任ある観光」の構造が確立されていると感じる。今後は更なる「責任ある観光」推進のため、事業者・観光客への意識向上を図っていく。
現在は、新型コロナウイルス感染症に特化した取組みであるが、今回確立できた「責任ある観光」の考え方を基本として、環境保全等に特化した恒久的な税の導入に取り組んでいく。
■那須塩原市観光客入込数及び宿泊数 (単位:人)
2015年 | 2016年 | 2017年 | 2018年 | 2019年 | 2020年 | |
観光客入込数 | 9,989,935 | 9,757,318 | 9,355,910 | 9,425,301 | 8,811,708 | 6,758,270 |
観光客宿泊数 | 958,220 | 935,342 | 957,208 | 947,162 | 917,940 | 503,325 |