長良川流域(岐阜県)
長良川流域文化の継承
直面した課題(ISSUES FACED)
清流「長良川」は、日本三大清流の1つであり、その川の流れに沿って発達してきた美濃和紙、関の刃物、郡上本染めなどの伝統産業や、1300 年の歴史を誇る伝統的な鮎の漁法であ る鵜飼、水害から集落を守るための「輪中」といった生活の知恵など、「清流」とともに生きる私たち岐阜県民ならではの独特な生活様式や文化を育んできた。
しかし、高齢化に伴い長良川流域に受け継がれてきた技術を保存、継承する担い手が減少し、技術が断絶される恐れがある。
世界農業遺産「清流長良川の鮎」では、鮎を取り巻く人の生活、水環境、漁業資源が相互に連携し、持続的な取り組みを循環させている「長良川システム」を構築し、資源の保全・ 活用を行っているが、県内の漁業協同組合員数も、1986 年の 6.4 万人をピークに、2017 年 には 3.6 万人まで減少している。
長良川では、1,300 年に渡り代々受け継がれてきた伝統漁法「鵜飼」が行われているが、 鵜を操る「鵜匠」が乗る「鵜舟」を作る職人も県内に2人しかいない。「鵜舟」では、造船のための図面がなく、その特殊な製法は、船大工の間で口頭で伝えられてきた。鵜匠が所有 する6隻の船も老朽化が目立つが、造り手が少なく、また、図面もないことから、修理も満足に行えない状況である。
美濃和紙産業においては、生活様式の変化による和紙の需要減少や、職人の高齢化等による後継者不足が課題となっている。
江戸時代から続く岐阜の伝統工芸品「岐阜和傘」は、100 以上もの製造工程がある複雑な構造で、作業は分業制で行われている。傘の基幹部品である「傘骨」を作る職人や、傘の骨 を束ね傘の要となる部品である「傘ロクロ」を作る職人の後継者不足も問題となっている。 特に、全国でロクロ職人は1名しかおらず、このままの状態が続けば岐阜のみならず日本の和傘づくりが止まってしまうところまで来ている。
いずれの例も、伝統工芸品の生産量減少に伴い、稼ぐ力が低下し、若者が生業として選ば なくなっていることが原因であると考えられている。
課題解決の対策方法、ステップ、ツール(METHODS, STEPS AND TOOLS APPLIED)
長良川流域では、こうした長良川が育む資源を活用し、このエリアの周遊観光を推進するため、岐阜県と長良川流域4市(岐阜市、関市、美濃市、郡上市)の官民が連携したプロモ ーションやブランド力の強化の取組を実施している。
また、世界農業遺産「清流長良川の鮎」推進協議会は2019 年に「第2期世界農業遺産保 全計画」を策定し、農林漁業、観光、環境などの各分野ごとに課題を検証し、数値目標を設 定しながら目標達成に向けた事業を実施している。
【流域文化の担い手確保の取組】
・長良川中央漁業協同組合では、子供や地域の住民を対象とした鮎の友釣り教室など、将来の担い手育成の取り組みを実施
・1994 年に「美濃和紙の里会館」、2012 年に「長良川うかいミュージアム」、2018 年に 「清流長良川あゆパーク」を整備し、来訪者や地域の子供たちに長良川と長良川が育む文化に親しみを持ってもらうための体験学習プログラムを提供
・長良川流域の鮎や、伝統漁法、美濃和紙などの伝統工芸について解説する観光ガイド、 後世に伝える「ふるさと教育」の講師などの人材を育成
・体験プログラムを通じて、地域の産業や文化への理解を深めてもらうことにより担い手の確保にも結び付けようと、地域で活動する日本版 DMO である NPO法人が中心となり、 長良川流域の伝統文化、歴史や食などを学び、体験してもらうイベント「長良川おんぱ く」を開催
・美濃市では、ふるさと納税応援メニューとして「本美濃紙後継者育成のための事業」を 設けるなど、後継者育成に活用するための基金を積み立てる仕組みを構築
・また、本美濃紙保存会を設立し、研修生を受け入れて技術指導を実施
・鵜舟の造船では、現存する2名の職人が造船所の若手職員への技術指導を実施
・岐阜和傘では、一般社団法人岐阜和傘協会を設立し、傘骨と傘ロクロ職人の後継者を育成。また、クラウドファンディングで資金調達し、後継者の育成に活用
成功の主要因(KEY FACTORS FOR SUCCESS)
・長良川流域の農林水産業の振興、伝統漁法や文化の継承、地域ぐるみの河川や環境の保全 、観光誘客などを推進するため、農林水産団体、行政など、異なる立場のステークホルダーで構成する世界農業遺産「清流長良川の鮎」推進協議会を設立
・協議会では、SDGsの視点を盛り込み、数値目標を設定した「第2期世界農業遺産保全 計画」を策定し、目標の達成に向けた事業を実施
・長良川と共に生きる流域の住民は、子供のころから川に対する環境教育がなされ、長良川の環境保護、保全に対する意識が醸成されているため、川の美化活動等へ積極的に参画
・流域 DMOが中心となり、長良川流域の歴史や文化の体験プログラムとしての提供や、長良川ブランド商品の開発など、官・民・地域コミュニティが連携したプロモーションを実施
・クラウドファンディングの活用など、事業運用資金の調達方法が多様化し、民間事業者や個人など、新しい取り組みを始める機会が増加
得られた知見(LESSONS LEARNED)
鵜飼や、美濃和紙、関の刃物や郡上本染めなどの伝統産業は、長良川の清流により育ま れ、今日まで発展してきた。
古来より、長良川流域の人々の暮らし、経済、文化は、川と深く結びついており、流域の人々にとって、この清流を保つことは、生活を維持するため必要不可欠であるとともに、ご く当たり前のことでもある。
しかしながら、長良川の文化を保つための後継者不足が課題となっており、今後も官・ 民・地域コミュニティが連携して取り組む必要がある。
近年では、ふるさと納税やクラウドファンディングなど、資金調達方法も多様化してお り、長良川流域の文化、伝統産業の取組に対し、課題を含め理解を深めてもらうことで、こ のエリアに関心を寄せ、応援してくれる全国の人々から資金を集めるとともに、アイデアや アドバイスを受けることが出来るようになってきた。
成果と実績(RESULTS AND ACHIEVEMENTS)
長良川流域では、古くから川と人が共存できるように、川を管理しながら、その環境を保 全し、その恵みを活用してきた。そして、次世代へと引き継ぐための取り組みを官・民・地 域コミュニティが一体となって推進しており、その成果として以下の世界的評価を得た。
・長良川流域の人々の生活、水環境、漁業資源が連携する「長良川システム」は、環境保全や資源の管理、担い手の確保など、持続可能な視点から評価され、2015 年に世界農業遺産に認定
・美濃和紙の中でも、原料、製造方法が厳格に定められる本美濃紙の手漉き和紙技術は、 2014 年にユネスコ無形文化遺産に登録
・ユネスコ無形文化遺産への登録を契機とした官民一体の取組みの結果、後継者育成・確 保には一定の成果が表れており、美濃手すき和紙の若手職人4名が自身の工房を持って独立し、本美濃紙保存会員も2名増加
・本美濃紙は、現在、アメリカのスミソニアン博物館やイギリスの大英博物館、フランス のルーブル博物館などが所蔵する絵画や、国宝級の文化財の修復にも使用
・東京 2020 オリンピック・パラリンピックの入賞者の表彰状に「美濃手すき和紙」が採用