
遠野市(岩手県)

地域文化の再興:遠野の遺産制度と住民参加
遠野市は東北地方の山々に囲まれた小さな市である。民話の宝庫として知られ、伝統文化の保存に力を注いできた。遠野には、素朴で美しく、自然と調和した暮らしや風景がどこまでも続いている。
遠野の特徴的な風景には、小さな神社、寺院、石碑、巨木、滝などがあり、その多くは民話に登場する場所である。これらは市内11地区の住民によって守られてきた。それぞれの集落には地域の「宝物」があり、住民のアイデンティティの重要な一部となっている。
観光地の説明(DESTINATION DESCRIPTION)
遠野市では、指定されていない遺産については、地域住民がそれぞれに補助もなく自力で守ってきた。しかし、人口減少やライフスタイルの変化により、地域住民の努力だけでは限界があった。そこで2007年、遠野市は「遠野遺産認定条例」を制定した。これは、市民の申請に基づき、地域資源を認定し、地域協働でその保護と活用を推進する制度である。
この制度により、現在までに169件が「遠野遺産」として認定されている。文化・自然保護活動への地元の関与が高まり、遠野遺産はそれ自体が観光スポットとして認知されるようになった。遺産認定制度は、観光客を惹きつけるとともに、住民が地域の魅力を認識し、魅力ある地域を築くきっかけとして根付いている。
直面した課題(ISSUES FACED)
国や県の文化財に指定されていない資源は、開発によって破壊されたり失われたりすることが懸念されていた。こうした資源の保全は、これまで地域住民に頼るところが大きかったが、地方から都市への人口移動やライフスタイルの変化に伴い、住民の努力だけでは限界があった。
遠野市は2006年に「遠野市総合計画基本構想」を策定。「永遠のふるさと遠野 」の将来像を描いた。これは、遠野のかけがえのない自然、歴史、文化、風土、環境などの地域資源を大切に守りながら、多くの人々に愛される心のふるさととなることを目指したものである。
解決方法(Solution)
2007年、遠野市は「遠野遺産認定条例」を制定。市民の申請に基づき、地域資源を将来にわたって継承していくべき遠野遺産として認定し、地域の協働による保護と活用を推進する制度である。認定後は、管理する市民団体の要望に応じて補助金を適用するなどして、市民協働の保護・活用を支援している。また、遠野遺産ガイドブックの発行、共通デザインの看板設置により、来訪者に地域の宝の魅力を伝えている。
課題解決の対策方法、ステップ、ツール(METHODS, STEPS AND TOOLS APPLIED)
遠野遺産認定制度が地域の魅力発信と発展に寄与するに至るまでのステップは以下の通り。
1. 制度の策定
遠野遺産認定制度は、遠野市が「永遠の日本のふるさと遠野」という将来像の実現を目指し、2007年に制定・施行された遠野遺産認定条例に基づいて導入された。
市民が自発的に遺産候補を推薦し、行政がそれを受けて認定するプロセスを採用することで、市民の主体的な関与を促進した。
遠野遺産は、次の4つのカテゴリーで認定される。
・有形文化遺産:建造物や記念碑などの物理的な遺産。古民家、シンボルになっている建造物、いわれのある場所、歴史的な出来事があった場所、記念碑など。例として「卯子酉神社」や「遠野七観音・平倉観音」などがある。
・無形文化遺産:伝統芸能や風俗慣習など。古くから伝わる風習、民俗芸能、伝承、伝統技術、食文化など。例として「飯豊神楽」や「青笹しし踊り」が挙げられる。
・自然遺産:動植物の生息地や地形、自然現象など。地域のシンボルになっている木や滝、洞窟などの珍しい地形、自然現象など。例として「舌出し岩」「田屋の大杉」などが含まれる。
・複合的遺産:複数の遺産が組み合わさったもの。古い建物と自然のものとが一体となって成り立っている景色例として「米田の熊野神社と御神木」などがある。
2. 認定条件
遠野遺産候補の認定条件は次の2つのみである。
・遠野の魅力をあらわしているものであること
・遠野遺産認定後も、市民の手で保護・活用されていくものであること
これにより、地域の特性を反映した多様な遺産が認定されるようになった。
・推薦者が、認定後の遺産の保護をするため、地域住民(集団)での保護を想定しており、個人での推薦は認めていない。このような市民参加型の仕組みにより、地域住民の愛着や責任感が醸成されている。
3.認定までの流れ
遠野遺産は、年に1回推薦を募集し、有識者と市民で構成される認定調査委員会による調査を経て認定される。
住民主体の地域団体、自治会が所有者の同意を得て遠野遺産候補に推薦
↓
候補リスト登載
↓
遠野遺産認定調査委員会による調査
↓
市長が遠野遺産認定
4. 認定後の広報活動
認定された遺産は、毎回ガイドブックを通じて広報され、地域内外に発信される。遺産のある場所には、遠野遺産の認定番号と共有デザインの看板が設置され、来訪者に特徴や魅力を伝えている。認定遺産についての情報を積極的に発信することで、地域の魅力を広く知ってもらう機会が増えている。
5. 保護活動と行政支援
認定後の遺産に対しては、市が補助金制度を設け、住民団体の申請に基づき、保護・活用を支援している。保護・活用事例は200件にのぼる。
例として、以下の事例が挙げられる。
-傷んできた有形遺産である神社の修復
-自然遺産である滝へ行くまでの道の整備
-無形遺産である郷土芸能団体の歴史を記録した記念誌の発行
6.ツーリズムでの活用
認定された遺産は、地域住民と行政の協働により継続的に保護されるとともに、観光資源としても活用されるようになった。遠野遺産を巡るウォーキングイベントや、遠野遺産を行程に組み込んだツアーが開催されている。地域の観光ガイドは遠野遺産を巡る勉強会を定期的に行っている。
以上のステップを通じて、遠野遺産認定制度は地域コミュニティの自発的な保全活動と魅力発信と発展に寄与する重要な役割を果たしている。
成果と実績(ACHIEVEMENTS AND RESULTS )
遠野遺産認定制度は、2007年から2023年までに18回の認定を行い、169件が遠野遺産として認定された。この制度により、地域の関与が高まり、文化・自然保護活動が活発になったと言える。文化遺産や地域遺産の保護に特化せず、地域づくりや自治を目的とした住民団体の参加が多く見られた。
認定後、遠野遺産を保護・活用するために住民主体の保護活動が継続的に行われている。建造物の修繕や、遺産周辺の環境整備以外にも、記念誌の発行やイベントの開催など、コミュニティを維持することにつながっていると考えられる。
遠野遺産は観光名所としても認識されており、目的地の一つになっている。観光客は旅の行程の中で遠野遺産を知ることで、地域が一体となり伝統を守ろうという姿勢を感じ取ることができる。
得られた知見(Lessons Learned and AdviceÄb0)
地域の遺産認定制度は、政治・行政的に中央から地方に文化遺産の保存と活用を指示するのではなく、市町村が主体となってその区域に ある文化遺産を自律的に保護するための制度といえる。
地域住民の主体性と行政の支援は、地域遺産の効果的な保護と活用につながる 。住民団体が主体となることで、地域資源に対する誇りと責任感が醸成され、保護活動が継続的かつ自主的に行われるようになる。
認定後の保護が一番重要であり、認定はゴールではなくスタートであることを認識しなければならない。認定制度が始まって15年以上経過し、多くの遠野遺産では、管理する住民が高齢化しているのが現状である。次の中心的な管理者のへの引継ぎが課題となっている。
観光客の遠野遺産への訪問は立ち寄りが中心であり、遠野遺産の活用はまだ限られている。彼らが地域のお土産を買ったり、地域活動に参加するなど、観光客の来訪を経済効果に結び付ける必要がある。
他地域でのヒント(TIPS FOR OTHER DESTINATIONS)
文化やコミュニティを維持していくにはそれを支える人・組織が存在し、当然経費が発生する。さらに人口減少が進む地域では、その担い手の育成が必要である。
それらを維持していくには、地域行政が地域の推進者にお金を出せば済むものではなく、そこに関わる地域の人達のモチベーションや、承認欲求が満たされることも大切である。
釜石の場合は、これらの問題を解決する手段として、DMOが「防災文化」を「企業研修化」した。これは、「防災文化」に関わらず、他の地域でも応用可能なことだと考える。
一方、高付加価値の商品であるため、企画の作りこみや実施方法には、専門家のアドバイスが必要である。釜石の地域DMOのかまいしDMCではこうしたアドバスを、他のDMOにも実施している。
評価とその他の参考資料(RECOGNITIONS AND ADDITIONAL REFERENCES)
・遠野遺産認定
https://www.city.tono.iwate.jp/index.cfm/48,13258,303,html
・世界遺産ガイドブック
https://www.city.tono.iwate.jp/index.cfm/48,13258,c,html/13258/20230623-083449.pdf
・文化財の保存について-遠野市
https://www.city.tono.iwate.jp/index.cfm/48,14077,303,html
・遠野遺産認定条例
https://www1.g-reiki.net/tono/reiki_honbun/r212RG00000614.html
・親子で歩くわがまち遠野遺産ウォークラリー-遠野ケーブルテレビhttps://www.tonotv.com/html/catv/daily/2023/07/04/2.html
・文化遺産保存における地域遺産保存制度の役割|山川幸則 https://www.heritage.tsukuba.ac.jp/wp-content/uploads/2020/08/2018_Yamakawa.pdf
・親子で歩くわがまち遠野遺産ウォークラリー-遠野ケーブルテレビ https://www.heritage.tsukuba.ac.jp/wp-content/uploads/2020/08/2018_Yamakawa.pdf