
宮津市(京都府)

バランスを保とう
~地域がひとつになって「世界で最も美しい湾」を守る取組み~
観光地の説明(DESTINATION DESCRIPTION)
宮津市は、京都北部の丹後半島の付け根に位置する小さな市で、海を分かつ天然松に覆われた砂州、日本三景天橋立でよく知られている。多様な生物、天然温泉、豊かな資源に恵まれたこの地は、日本最古の王国を生み出した地である。地域の人々は、新鮮な魚、海、海藻類を与えてくれる穏やかな宮津湾、阿蘇海に対し、感謝の念を抱いている。宮津湾はユネスコが支援する「世界で最も美しい湾」の一つとして知られ、数百年にわたり貿易の要所としての役割を果たしてきた。またこの地は漁業が盛んなだけでなく、農作物に適した肥沃な土壌にも恵まれている。かつては名だたる城を備え、日本各地の貿易ルートを繋ぐ北前船の寄港地でもあった。そこでは商品のやりとりだけでなく、文化そのものが交わる貿易が行われていた。
優良事例(グッドストーリ)概要(Summary of GoodPractice Story)
世界各地の海洋生態系は、人類の営みによる脅威にさらされている。こうした状況を是正、打開しようとする多くの試みが、却ってさらなる問題を引き起こしている。そうした中、宮津市の人々は、「打開に向けた手を打つ」というよりは、自然が再びバランスを取り戻す手助けを行っている。宮津湾(日本海に面する)、天然砂州「天橋立」(宮津湾と阿蘇海を隔てる)、阿蘇海、そしてそこへ流れ着く支流河川、こうしたこの地域特有のデリケートな生態系のバランスを、多くの関係者の一体的な取り組みにより保ってきた。
気候変動にまつわる課題、増加する観光客の問題やプラスチックごみの増加、さらには全国的な経済の停滞という諸々の課題に直面する中、地元関係者が結束して、単なる美しい「観光地」以上の環境づくりを支えている。地域に何が求められているかを理解し、他の海浜地域で行われる極端な海洋美化対策から学んだ複数のグループが一体となり、1,000年以上にわたり自分たちを支えてきてくれた、湾のバランスを取り戻そうという活動に取り組んでいる。
地元のステイクホルダー、府、地元自治体により複数の団体が組織されており、年間を通じて陸上、海浜、海面の美化活動を行っている。内海を脅かしかねない外来牡蠣の対策に取り組むグループや、採取した牡蠣殻をビール醸造のろ過工程の一部に使用する画期的な※地ビール醸造所もある。地元の漁業関係者も湾内バランスの重要性を理解しており、乱獲規制から小魚を逃がす網の使用や、さらには漁礁の再構築に取り組む団体まで、湾の健全性を保つために定められた規制が数多く存在する。これには過度の水質浄化が起こらないよう行うモニタリングも含まれる。地元の漁業組合は、地域のDMO(Kyoto by the Sea DMO)と提携し、この地域がどのように観光を促進し、湾を保護しているのか、関心を持つゲストのために、教育的な体験コンテンツを提供している。香港の大学グループは、宮津の漁業関係者と協力しサンゴ礁を作り、漁礁の回復に貢献している。このエリアは夏のリゾートビーチとしても知られており、市は海洋生物に有害なレベルの騒音の低減に向け、水上オートバイの速度制限を行う規制も実施している。また毎月、海水温を測定し、海へと注ぐ支流河川の健全性をチェックするグループなど、科学分野との連携も行われている。
注※(Local Frag)与謝野町の事業所であるが、「観光」の側面においては宮津市内の宿泊施設等にも出荷しており、エリアの一体的な取り組みに参画していることから記述可としたもの。
宮津市だけでなく、世界の至るところで過度な美化対策によるリスクに直面している地域がある。例えば、支流に沿ってセメントで固めた堤防を築き、湾内への浸食流を減少させる、などもその例である。これにより、ビーチや海水浴場は、景観的により魅力的に映るが、生態系のバランスには影響を及ぼす。宮津(市)は、「過度な海洋美化は、何も対策を講じないのと同じ結果を招く」という考えを、地域社会にしっかりと根付かせたのである。水路が過度に美化され、透明度の高い水が作られると、栄養塩の枯渇は食物連鎖に深刻な影響を与える。この地域の人々は、湾や内海の「健全性」に依存して生活しており、湾の存続が彼らの存続につながるのである。
直面する課題(ISSUES FACED)
宮津には日本三景「天橋立」がある。また宮津湾はユネスコが支援する「世界で最も美しい湾クラブ」の加盟湾である。観光地としての歴史を持ち、夏には賑わうビーチがあるため、市は天橋立の自然なままのイメージを保ち、「白砂青松」で知られるビーチを維持していく責任(プレッシャー)を感じている。それゆえ、この地域には過剰に美化されすぎてしまう、というリスクがある。
環境問題は様々な側面がある。海洋生物の生存能力を左右する、海水温の上昇や外来危惧種、海洋内の生物多様性の衰退、海水の栄養バランス(窒素、リンの含有レベル)、河川の栄養バランス(農薬を使用する農地から、湾へと流れ込む河川への水の流出)、プラスチックごみ問題、騒音問題などもまた、湾に影響を与えている。
教育もまた湾を語る上で重要な要素である。高齢の漁業関係者や一般観光客の中には、自分たちの行動が環境にどのような影響を及ぼすか気づいていない人々もいる。例えば、観光客が「湾の過度な美化はなぜ良くないか」を理解していなければ、環境保全にとってベストではない改善策(短期的には観光に有利かもしれないが)を市に働きかけるかもしれない。
解決策(Solution)
目下のところ、気候変動に対する解決策はないが、緩和に向けた取り組みや、自然との共存に向けた歩みは、幾多のグループが連携して取り組んできた結果である。これまでのGSTCのトップ事例に挙げられる観光地においても、「関係者間の相互協力」が決め手となっている。相互協力は環境問題のような大きな課題を取り扱う上で不可欠である。「天橋立を守る会」や「阿蘇海環境づくり協働会議」のような行政支援を受けた住民主導の取り組み、「IVUSA(国際ボランティア大学生協会)」や「世界で最も美しい湾クラブ」のような国際的な取り組み、先進的な漁業団体、地元の新興企業(牡蠣殻を使ったビール製造のLocal Flag)、地域DMO(海の京都)など、すべてが湾の保護や教育、再生に一役買っている。
デリケートな地域生態系に対する理解と教育が高まるにつれ、宮津湾のバランスを維持するために、さまざまな業種に跨るグループが誕生した。こうして誕生したグループは、社会的、あるいは多くの場合、資金的な支援も受けながら定着し、地域にインパクトを与えている。宮津市(地方自治体)は、「天橋立を守る会」、「阿蘇海環境づくり協働会議」、「世界で最も美しい湾クラブ」など、さまざまな取り組みを資金面で援助するとともに、広報活動、調整活動、また会議への参画などでサポートしている
課題解決の対策方法、ステップ、ツール(METHODS, STEPS AND TOOLS APPLIED)
湾内の海水は、漁業関係者らによってモニタリングされ、そのデータも活用されている。宮津の漁業は、大半が小規模な家族経営者らによって営まれており、この地域にある大規模な漁業会社は2社のみである。いずれも湾全域の健全性を維持するために定められた京都府漁業法の規制を遵守している。2020年に策定された京都府の資源管理方針では、漁獲量、漁獲可能種などに関する基準の整理や、それらの情報についての公開、共有が行われている。
また、更にステップアップした取り組みを進めるグループもある。漁礁生息地の創造プロジェクトや、業界関係者と観光客双方への教育が、バランスの取れた生態系が如何に重要性であるか、理解を深めるのに役立っている。2021年、海の京都DMOは、観光、教育、ビジネス開発を融合させるという考えのもと、地域に根ざした「ディスカバリー&デザイン」プログラムを開発した。3つのプログラムのうち2つは宮津を拠点とし、1つは特に海洋関連の活動(テーマは資源管理、養殖技術の向上、持続可能なコミュニティなど)に焦点を当てている。この教育プログラムは、サステナビリティ(持続可能性)について教えるだけでなく、企業が目指す持続可能なゴールへのステップアップ、手法を示す役割も果たす。
こうした教育への高まりによる成果は、ビジネス分野にも広まっており、Local Flagのようなグループは、課題(外来カキ種など)の中にそもそもの解決策(殻をビール製造に利用)が潜んでいる、と捉えている。行政の資金援助を受けて、ローカル・フラッグは2019年に、地元の文化や経済を支え、環境面でのサステナビリティを進めようとする地元の若い起業家たちによって創設された。地元産のホップと阿蘇内海の外来種であるカキの貝殻を使用し、ビールを通じて地元のストーリーを伝えている。
すでに示したように、バランスを保つためのプロセスにおいては、利害関係者間の気づき(認識)とコミュニケーションが大きな部分を占めている。阿蘇海環境づくり協働会議のようなグループは、IVUSAのようなグループと連携し、海洋関連の課題に取り組んでいる。阿蘇海洋環境づくり協働会議は2007年に設立され、18年にわたり地域の海洋バランスに関する取り組みや活動を実施してきた。ローカルフラッグが参加している内海の外来カキ殻の除去イベントも、このグループが主催している。外来カキの管理は、湾内の栄養バランスにも役立っており、デリケートな海洋生態系を保護している。
宮津市はまた、ビーチクリーンアップを主催し、頻繁に清掃活動を行う地元のボランティアグループを支援している。こうした取組みは1976年から続いており、市役所や地元のボランティアグループ、そして最近では2016年に宮津湾が加盟したユネスコお墨付きの「世界で最も美しい湾クラブ」のサポートによって成り立っている。
こうした取り組みの原動力は、2009年以来、科学分野から定期的に集積されるエビデンス(数値データ)に支えられている。外来種、海面水位、海洋個体数、栄養塩レベル、その他のデータに関する報告は、地域のグループが直面する課題を絞り込むのに役立っている。例えば、阿蘇海環境づくり協働会議では、灌漑システムを通じて農地に取り入れた水が河川に流れ込み、その河川が海に流れ込むのを防ぐために、支流の化学物質レベル(主に化学薬品を散布している農地からのもの)についても報告している。どのような政策を打ち出せば地域にとってベストかを判断するにおいて、信頼しうるデータが不可欠なものである。こうしたデータは教育に役立つし、ボランティア団体がどのような活動に重きを置くべきか判断するうえで有益である。
宮津市はこうしたグループへの支援だけでなく、データに基づき訪問者への行動規制を設けることで、ビーチの美化保全や、海面騒音公害の軽減に寄与している。宮津市は2020年にプレジャーボートの行動規制を定め、天橋立国定公園の自然環境を保護するため制限区域を設けた。また、市は(海の京都DMOや隣接する舞鶴市、府と連携して)このエリアへの寄港を求めるクルーズ船からの要請についても規制している。府と海上保安庁は、大型船の湾内への乗り入れ区域を制限する規制を設けている。この規制は、船舶公害(海洋汚染)と騒音公害の防止に役立っている。
得られた知見(LESSONS LEARNED)
地域の生態系を保全していくためには、地域間のコミュニケーションが不可欠である。このことは極めて当然の結論のように思えるかもしれないが、未来思考や新機軸を備えた事業者を含め、事業者間において相互連携が生まれたのは、事業者どうしのコミュニケーションがもたらした直接的な成果である。
ここでは湾を綺麗に保つ、というプレッシャーは以前としてある。常に情報を発信し、幅広い教育を行うことが、そうしたプレッシャーを克服する最善策である。こうした教育を今後も続けることは、観光事業者や観光客自身にもメリットをもたらす。地元のホテルやレストランは、この地域の海洋生物から大きな恩恵を受ける一方で、天橋立の象徴である白砂青松を訪れる観光客からも恩恵を受けている。海洋内の不均衡が如何にして生態系を破壊し、ひいては観光産業の破壊を招きかねないか、其の事をより多くの人が理解すれば、捉え方も変わり、地域環境のバランスが改善される機会がさらに広がるだろう。
地域DMO、市役所や観光行政は取組みを支援するための大きな予算がなくても、あらゆる面で中心的な役割を果たすことができる。意見交換の場の設定や、情報/データ/結果のオンライン公開、地域での組織づくりへの支援などは、(どのような形であれ)変えていこうというマインドを持った地域の人々を巻き込み、支援の手を差し伸べる無料(ほとんどの場合)の方法である。
成果と実績 (ACHIEVEMENTS AND RESULTS)
●49年間、通年で3団体による清掃活動。1回あたり1500人の参加実績
●漁業に係る法、規制
●2030年だけで牡蠣殻4.5t回収
●海水調査結果の公表
●湾に絡むサステナビリティに特化した事業者:SOPA石鹸(湾内の土壌を活用した石鹸づくり)、ASOBIビール、溝尻漁協(次章参照)、宮津ナマコ協会(次章参照)
●天橋立アクティビティセンターでは、SUPやシーカヤックなどの環境にやさしいアクティビティや、その他の文化体験として、ちくわ作り(地元で獲れたイワシを使った郷土料理)など、宮津湾を舞台にしたさまざまな体験ができる。
●海の京都では、「サステナブル(持続可能性)」を重視し、公共交通機関のみを利用し、宮津湾、天橋立、阿蘇内海に関する教育情報を盛り込んだツアーを、半日又は1日ガイド付きツアーとして造成・販売している。海の京都DMOは、宮津で2泊以上滞在し、地元産の食材を用いた料理や体験を盛り込んだツアーを作り上げてきた。これらのツアーは、B-CorpとTravel-lifeの認証を受けたパートナー企業の旅行会社により販売されている。海の京都DMOの2023年の体験販売は157万円。地元資本の宿泊施設を使った2泊3日プランの売上は370万円を超えている(体験メニューを含む)。
評価とその他の参考資料(RECOGNITIONS AND ADDITIONAL REFERENCES)
・UNESCO 世界で最も美しい湾クラブ
・日本三景「天橋立」
・天橋立国定公園
・宮津ナマコ生産組合 環境大臣賞受賞
https://www.city.miyazu.kyoto.jp/site/citypro/20089.html
・2015海洋高校社会貢献者表彰受賞(海洋貢献部門)
https://www.fesco.or.jp/winner/h27/winner.php?wid=12142
・溝尻漁協 ジャパン サステナブル シーフード アワード受賞カテゴリーU30
https://www.wwf.or.jp/press/5158.html
・丹後曳縄会水産庁長官賞受賞
https://www.pref.kyoto.jp/suisan/news/press/2022/3/27taikai.html
・社会に根付くDiscover & Design Program